C・アラン・エイムズの場合Ⅱ
天使が私を訪れ始めた時、私の人生は暗いものでした。彼の声を聞いた時でさえ、私は天使の実在を信じていませんでしたから、こう言いました。「おまえが本当にいるなら証明してみろ」そして彼はそうしました。彼は私の人生にその後起こる色々な出来事、特に私の妻との間のことを予言し始めたのですが、驚いたことにそれらはすべて実現しました。
天使は優しかったのですが、私は彼の言うことを聞きませんでした。それで神は、彼の代わりに切り札を送られました。ある夜、私が再びアデレード市内の、前とは別のホテルに宿泊していた時、アビラの聖テレサが、カルメル会の茶色の修道服姿で私の部屋に現れました。彼女の容貌は厳しい学校の先生のように、好戦的で厳格に見えました。彼女は進んで来て私の尻を蹴り上げ、今すぐ生き方を完全に変えないと地獄に落ちることになると言い、地獄の様子を事細かに描写しました。それで私は目が覚めました。それまでは、地獄というのは人を道徳的に良くするために作り上げられた架空の話としか思っていなかったのですが、今や、もしそれが実在するとしたら、絶対に行きたくない場所となりました。
聖テレサは私に、神を愛し、仲間である人間を愛することを始めなければならないと言いました。一人ひとりは神の似姿なのだから、神を愛するなら、他の人々をも愛するのは当然である、たとえ私との違いや私への態度がどんなものであっても、と彼女は言うのでした。それから彼女はさらに天国について話してくれました。「それこそ私が行きたいところです!」すると彼女は「あなたもそこに行くことができます。誰でも行けます。もしあなたがカトリックの信仰を生きているなら、天国は保証されているのです」と言いました。そして強調しました。「祈りなさい、ロザリオの祈りを唱えなさい!」そしてロザリオを買いに行けと言うのです。
私は祈りたくはありませんでした。祈りなんて退屈なので、言い訳を考えました。「こんな夜中に一体どこでロザリオの珠なんか買えるでしょう?」すると、「そこの角を曲がったところの店がまだ開いていて、ロザリオを売ってますよ」「夜の9時半に?あり得ない!」「行きなさい!」
「こんなの完全にばからしい」私は外に出ながら考えました。そして角を曲がると、宗教グッズの店が見えました。店は開いていて、店員たちは商品の棚卸しをしていました。聖テレサは、階下のロザリオがたくさん並べられているコーナーに案内してくれました。私は信じられない思いでいました。彼女は私に茶色のロザリオを示しましたが、後で、それは彼女が属しているカルメル会のカラーだということがわかりました。「これを買いなさい!」と彼女は私に強要しました。
そのロザリオを手に、私はホテルの部屋に戻りました。聖テレサの前に立ち、私はしつこく言い訳を再開しました。「私は祈れない、、、そんなにたくさんのアベマリアと主の祈りなんて、、、できないよ!」私は毎晩寝る前に、保険として10秒間だけ祈る習慣はありました。もし寝ている間に死んだ場合、天国に行けるように。もし天国があるなら。
「ロザリオを唱えなさい!」彼女は強要しました。「15連!」それはつまりまるまる1環のロザリオを3回唱えるということでした。「ああぁ~」私は祈りが嫌いでした。だから聖テレサと大きくやり合いました。「あなたは祈らなくてはなりません!」彼女は言いました。「あなたはロザリオを唱えなければ魂を失います!あなたは変わらなければ、地獄に落ちますよ!」言うまでもありませんが、彼女はこの議論に勝ちました。
私は本当にロザリオの祈り方を知らなかったので、彼女が教えてくれました。ロザリオは神の地上での生活を見るための窓であり、私自身をイエスのそばに置き、彼の人生を、彼と一緒に歩むようにと、彼女は言いました。
そうすることによって、イエスの恩寵は私の内に注がれ、力強く働くのだ、と。「ロザリオを唱える人はみな、」と彼女は続けました。「悪から離れて、神に近づくことができます。ロザリオは、悪魔の首にかけて引きずり倒し、あなたを捕まえようとする手をほどくための鎖だと思いなさい。」
初めてロザリオの祈りを唱えると、私は心の内に平和、幸福感、そして興奮を感じました。笑いが止まらず、同時に泣くことも止められませんでした。どんなクスリも酒も、そのとき私が感じたのと同じ経験を与えてくれませんでした。さらに祈ると、その感じもさらに強くなり、あっという間に15連が終わりました。もっと続けたかったほどです…
「なぜこんな風になるんですか?」私は聖テレサに尋ねました。「他の人たちがこの祈りを唱えていると、うんざりした、惨めな表情をしていて、誰かに強いられているように見えることがよくあります。だけどこれは、本当は喜びに溢れていて、素晴らしいことだったんですね。ほかの人たちは、私が経験したことを経験しないんですか?」
「そうね、あまりしないわね。」彼女は答えました。「なぜかというと、彼らは祈るとき、自分のことばかり考えるからよ。自分の人生、自分の問題、自分の心配事だけに焦点を当てているからなの。自分にだけフォーカスすると、神のことはそっちのけになってしまうのよ。神は第二で、自分が第一になってしまうと、神に対して心を閉ざしてしまうから、神から注がれる恵みを遮ってしまうのよ。だけど、祈るとき神に焦点を当てて、自分のことも世間のことも忘れるなら、その時こそあなたの魂は開かれて、神はあなたの奥深くまで恩寵を溢れるほど注ぐことがおできになるのよ。」
彼女は私に、人々に告げるように言いました。祈り始めるとき、まず最初に聖霊に向かって「主よ、私は正しく祈ることができません。私は弱く、人間的で、もろいのです。すぐに気が散って、自分のことや世間のことを考えてしまいます。だから主よ、あなたが私のそうならないよう導いて下さい。私が御父と、御子と、あなた、聖霊に注意を集中することができるよう助けて下さい。そうすれば私の魂はあなたに向けて開かれ、祈るすべての人に用意されている恵みを受け取ることができるでしょう、と。
彼女は続けました。「ひとたびあなたがそうし始めたら、つまりあなたが祈るときも、何をするときにも、神の助けを願うことを始めたなら、あなたは祈りというものがそうであるべき体験をすることができるでしょう。その体験とは、神の愛という喜びに溢れた贈り物です。もし祈りがあなたにとって重荷であり、気の重い仕事であり、義務であるとしたら、それはあなたの祈りが自己中心的であって神中心ではないからなのです。覚えておきなさい。すべてのことにおいて、まず神を第一とするべきです。すべてのことにおいて神に目を向け、神の助けを期待するなら、すべてのことにおいてあなたは神からの喜びを受け取るでしょう。」
ロザリオの祈りを始めた瞬間から、悪魔が私を攻撃する力が弱まりました。そして様々な依存症から解放されました。私にはたくさんの依存症がありました。アルコールが第一のものでしたが。それは全く自分の力によるものではなく、神からの恵みでした。アルコール依存症の人なら誰でも、それを断ち切ることがどんなに難しいことかを知っていますが、私はただちに止めることができたのです。誘惑を感じる時、自分が弱く、孤独で、傷つき、拒否され、愛されていないと感じる時、私は聖テレサの「間違ったことをしたいという欲望を感じた時はイエスのことを思いなさい。ただ彼の名前を、そして彼が十字架の上で苦しまれたことを思うだけでも。あるいはあなたの目の前にあるホスチアを見つめなさい。それに集中すれば、欲望は離れて行きます」という言葉を思い出して解放され、強められるのでした。
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